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最高裁判所第三小法廷 平成元年(あ)1152号 決定

本籍・住居

京都市上京区上立売通堀川西入芝薬師町六二五番地

歯科医師

桝茂光

昭和四年一二月一二日生

本籍・住居

京都市上京区上立売通堀川西入芝薬師町六二五番地

歯科医院従業員

桝美智子

昭和六年七月五日生

右の者らに対する各所得税法違反被告事件について、平成元年九月二六日大阪高等裁判所が言い渡した判決に対し、各被告人から上告の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本文各上告を棄却する。

理由

被告人両名の弁護人島武男、同大宅美代子の上告趣旨は、違憲をいう点を含め、その実質は、単なる法令違反、事実誤認の主張であって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

よって、同法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 坂上壽夫 裁判官 貞家克己 裁判官 園部逸夫 裁判官 佐藤庄市郎 裁判官 可部恒雄)

平成元年(あ)第一一五二号

○ 上告趣意書

被告人 桝茂光

被告人 桝美智子

右被告人両名に対する所得税法違反被告事件について、上告の趣意は左記のとおりである。

平成元年一二月二一日

右被告人両名弁護人

弁護士 島武男

同 大宅美代子

最高裁判所 御中

第一、憲法第三一条違反

一、原判決は、所得税ほ脱の犯意についての解釈の誤りがあり、憲法三一条に違反する。

1 原判決は、「架空ないし水増し給与の支給について被告人桝茂光が具体的に認識を有したとまでは認め難い」と認定しこれを前提としたうえで、所得税ほ脱の犯意について、「所得税のほ脱犯は、不正の手段によって所得税を免れることによって成立するのであるから、ほ脱犯の犯意としては、原則として、その旨の認識があれば足り、現実にとられた不正の手段が、極めて特異なものであるとか、予め特にその手段を排除していたことなどのため、それが不正手段となり得ることを認識し得ないような事情のある場合を除き、具体的な不正手段の内容についてまで逐一認識していることを必要とせず、現実に免れた所得税額全部についてほ脱の犯意を肯定すべきである」と認定されている。

2 右解釈は、故意なき者に罪を負わせるものであり、憲法第三一条に違反するものである。

二、所得税ほ脱の犯意について

1 犯意即ち故意について、その責任が問われるのは、「違法な事実を認識した以上、反対動機を形成し、犯罪を踏み止まることができたのにしなかった」点に求められるのである。

従って、責任を問われるのは、その犯意の範囲であって、たとえ結果が生じたにしても犯意の範囲に含まれない部分についてまで故意犯としての責任を問うのは罪刑法定主義に反する。

2 原判決が説示される「現実にとられた不正の手段が・・・中略・・・それが不正手段となり得ることを認識し得ないような事情のある場合」とは、何を具体的に想定されているのか不明であるが、仮に「反対動機形成の可能性がなかった」という意味で説明されているとすれば、被告人桝茂光のように「自由診療収入の一部除外、架空ないしは水増し給与の計上を知らなかった」ことは、正に反対動機形成の可能性がなかった場合に該当し、原判決の所得税ほ脱犯の犯意についての解釈は矛盾するものといわざるを得ない。

3 被告人桝茂光がなした昭和六〇年度の確定申告については自由診療収入の一部除外、架空ないしは水増し給与が存在したにもかかわらず、起訴すらなされていないのである。

原判決の言うように、被告人桝茂光が自由診療収入の一部除外、架空ないしは水増し給与の計上等の不正行為について、具体的認識を持たずとも所得税ほ脱の犯意が認められるとなれば、しかも、自由診療収入の一部除外について認識があったと判断される原判決の立場に立てば、昭和六〇年の申告においても、昭和五八年・五九年と同様その犯意は認められ、被告人桝美智子と共同正犯として処罰の対象になるはずである。

このことは、所得税ほ脱の範囲を不正行為の具体的認識を不要とする解釈が誤りであることを端的に示すものである。

4 所得税ほ脱の犯意についての解釈

(一) 所得税ほ脱の犯意についての解釈については、下級審判例の分かれるところである。

(二) 原判決が採用されている、いわゆる概括的認識説と個別的認識説(昭和五四年三月一九日東京高裁、昭和五五年二月二九日東京地裁、同年一一月一〇日東京地裁等々)があるが、概括的認識説は、故意なき範囲をも処罰するものである。

(三) 所得税ほ脱犯の故意の要素である税額に対する認識が存在するといいうるためには、納税義務についての認識、すなわち、所得の存在の意味内容を認識していなければならず、所得についての認識があるといいうるためには、各個の収益及び損費の帰属についての認識が必要である。

したがって、各個の収益及び損費の帰属についての認識がなかった以上、所得税ほ脱犯の故意は存在しないといわなければならない。

殊に、ほ脱犯におけるほ脱額の如何は、他の犯罪における被害額などの場合と異なり、量刑上の情状として斟酌されるのではなく、法定刑たる罰金刑の上限を決定する標準ともなる重大な要素でもあるからである。

(四) 原判決と同様の立場に立つ概括的認識説は、「何がしかの脱ろうされた所得、税額が存することを概括的に認識していれば十分であり、ここの勘定科目、会計的事実の認識は所得算出の手続上必要であっても、それ自体に対する認識が故意の内容をなすものではない」とされる。

この概括的認識説は、所得税法が政策的、技術的性格を有する取締法規であり、抽象的・概括的認識の場合にも処罰の必要があること、及び現実問題として個々の認識が必要であるとすれば、ほ脱し難いという実質的配慮、政策的配慮が根拠とされている考え方である。

(五) 特に本件の場合は、概括的認識説か個別的認識説かで主に論じられているような「益金性の認識」或は「損金性の認識」といった税法上の技術的、専門的分野についての認識、錯誤を問題にしているのではない。

原判決の指摘するとおり、本件においては「所得税を免れるための不正の行為として普通に用いられるありふれた方法」であるところの自由診療収入の一部除外、架空或は水増し給与の計上といった素人にもその意味内容の容易に理解しうる行為が対象である。

このような税法上の知識がなくとも、容易に理解しうる「ほ脱」行為の存在を全く知らなかった場合にまで、その犯意を認め、故意責任を問うのは税法上の技術性、専門性を補うための政策的目的をも大きく逸脱するものである。

(六) 政策的、技術的性格を有する取締法規に、政策的配慮が必要であるということについて、異を唱えるものではないが、所得税法違反という処罰の体系からしても、犯罪構成要件としての故意を拡張して解釈する必要はないものである。

すなわち、納税義務違反の体系は、行政法上の処罰と、刑罰権による処罰があるが、「各個の収益及び損費の帰属についての認識がない脱税額についての処罰は、重加算税等の処罰」により十分適えられるものであり、犯罪としての処罰の対象は、「各個の収益及び損費の帰属について認識のある脱税額について」に限定されなければならず、このように限定しても、政策目的は十分に達成されるといわなければならない。

(七) 概括的認識をもって、すべての脱税額について、犯罪が成立するというのは、相当因果関係の及ばない結果について処罰することになり、かつ、故意の犯意を余りにも拡張することになるものであり、刑法三八条、憲法三一条に違反するといわざるを得ない。

5 本件被告人について、

(一) 被告人桝茂光

(1) 昭和五八年度及び昭和五九年度の確定申告について、自由診療費の一部除外、架空ないし水増し経費の計上については、個々具体的な認識はなく、従って、故意も因果関係もない。

(2) 昭和六〇年度の確定申告については、本件捜査を受ける前に申告しており、昭和五八年度及び昭和五九年度の申告の際と何ら情勢が異なっておらず、また、自由診療費の一部除外、架空ないし水増し経費の計上については、一連の行為として把握できるにも拘らず起訴されていないのであり、この事実は、昭和五八年度及び昭和五九年度の確定申告についての右(1)の故意がなかったことの、何よりの証左である。

(3) 昭和五八年度の確定申告について、「全国同和対策促進協議会に対する地域対策費の架空計上」は、被告人桝茂光の知らない間に申告されていたものであり、後日知り、かつ追認したとしても、申告時に認識がなかった以上故意はないものである。

(二) 被告人桝美智子

昭和五八年度及び昭和五九年度の確定申告についてなされた「全国同和対策促進協議会に対する地域対策費の架空計上」については具体的認識がなく、従って、故意も因果関係もない。

第二、事実誤認

一、原判決には左記のとおり判決に影響を及ぼすべき重大な事実の誤認がある。

二、昭和五八年度の所得税ほ脱に関する共謀について

1 原判決は一審判決と同様、被告人らが昭和五八年度の確定申告に際し、

(一) 全国同和対策促進協議会に対する地域対策費の架空計上

(二) 自由診療収入の一部除外

(三) 給与の架空あるいは水増し計上

につき、笠原正継、岸和田惟明及び玉置韶作と共謀した旨認定している。

しかしながら既に主張しているとおり、被告人桝茂光は、自由診療費の一部除外、給与の架空あるいは水増し計上については一切知らず、また、笠原正継らと前記(一)(二)(三)の各行為について共謀した事実はない。

特に、関係証拠を精査しても、(二)(三)の行為についての共謀の事実は認められない。

このことは、被告人桝美智子についても同様であり、同人が、笠原正継らと前記行為についても共謀した事実はない。

2 原判決は、被告人桝茂光の前記共謀について、「昭和五九年三月八日岸和田方を訪れ・・・中略・・・その席上、右笠原の主宰する同和関係団体に対し地域対策費として三〇〇〇万円を支出したことにして納税額を減ずることで合意し」と認定しているが、右認定を裏付ける証拠はない。

証人岸和田惟明の第一審公判廷における証言でも、昭和五九年三月八日の話合いの中で被告人桝茂光を交え「特別協賛金として金三〇〇〇万円を寄付したものとし、金三〇〇〇万円を経費控除する」旨の具体的な話が出ていた旨の証言はなされていない。

そして証人玉置韶作の第一審の公判廷における証言でも当日は「所得が三〇〇〇万円減れば税額はいくらになる」、「金二〇〇〇万円減ればどうなる」等の一般的な話題しか出ていない旨述べられている。

被告人桝茂光は原判決の認定しているように、岸和田惟明から税金を安くできると勧められ、当日同席したものであって、いわば笠原や玉置との顔つなぎの場であり、原判決の認定したような具体的な話は出ていない。

3 被告人桝茂光自身の認識は、岸和田より「税金を安く」できるといわれ、当日笠原を紹介されたことにより同和団体を通じて申告すれば何らかの恩典を受けられるものと考えていたに過ぎない。

「税金を安くする」方法については、むしろ被告人桝茂光は蚊帳の外であり、一切が岸和田・笠原・玉置により決定実施され、被告人桝茂光が、金三〇〇〇万円の架空経費控除の事実を知ったのは、昭和五九年三月一四日既に確定申告書が提出された後である。

4 被告人桝茂光は公判廷において右の旨を証言し、そして検察官に対する供述調書においても同様のことを述べている。

原判決は被告人桝茂光の公判廷における証言並びに検察官に対する供述調書を「極めて不自然であって信用することができない」と断じている。

しかしながら、同和団体という組織に対する一種の恐れから深く詮索することを躊躇してしまうことは、通常よく見られることであり、被告人桝茂光自身昭和五九年三月一二日頃岸和田に呼び出されて、園の寿司屋におもむいた際も、「ちゃんとしといたからな」「安うなるからそれでいいやないか」「何もきかんでいいやないか」といわれ、具体的な説明を受けられなかった旨証言している。

これらのことを「極めて不自然と」一蹴する原判決は、社会実態を全く理解していないものである。

また、検察官に対する供述調書もいたずらに被告人の弁解のままにとられたものではなく、担当検察官の調査の結果、被告人の述べるところが真実であるからこそ作成されたものである。

すなわち、当弁護人らの選任は送検されてからのことであり、弁護人から捜査担当検事に対し、「事実が相違していること」「特に、被告人桝茂光は一切経理に関与していないこと」等々について説明し、十分捜査されたい旨を要望した結果、捜査担当検事は枡医院の経理事務員等々を参考人として調べられ、かつ、被告人両名に対しても数回に亙り調べられた結果、大蔵事務官作成の質問てん末書の誤りを正されたのが、前記検察官調書となっているものである。

5 被告人桝美智子は、前記岸和田等と同席したこともなく、同被告人の共謀を立証する証拠はない。

原判決は、被告人桝茂光が昭和五九年三月八日の岸和田宅での話合いにつき「帰宅後、右の次第を被告人桝美智子に話した」と認定してるが、右事実を証明する証拠は、皆無である。

三、被告人らは、具体的な内容方法は知らされないまま同和団体に依頼することにより、結果的には不正な申告をした。

右のこと自体は許されるべきことではないが、それは事後の重加算税の支払で既に制裁を受けている。

原判決は、結果として不正な申告をなしたということから逆に推論し、被告人らの行為並びに証拠を評価しているものである。

1 原判決は、被告人らの犯意、共謀の事実を認定する根拠として、

(1) 確定申告期限である三月一五日の直前頃、被告人桝美智子が、顧問税理士に対し、昭和五八年分の確定申告を依頼しない旨電話したこと、

(2) 昭和五八年分の確定申告が、前記三種類の不正行為の結果、実際の所得額より大幅に減じた所得額に基づきなされたこと、

(3) 被告人両名が、昭和五八年分の確定申告後、笠原に五〇〇万円、玉置に五〇万円の謝礼を支払ったこと、

(4) 昭和五九年分の確定申告について、昭和五八年と同様の手段による不実の申告をしたこと等の事実を考慮している。

2 しかしながら、前記(1)の昭和五八年分の申告手続について、顧問税理士を断った事実は、被告人桝美智子に昭和五八年分の申告手続きは、同和関係団体を通して行なう旨の認識があったことを立証するものにすぎず、(2)の事実は単なる結果であり、この事実は、何ら被告人らの犯意、共謀の事実を立証するものではない。

そして(3)の事実は、確定申告後になされた行為である。被告人桝茂光は、確定申告がなされた後になって、初めて地域対策費の架空計上という不正な手段をとっていることを知ったものであるが、同和関係団体を通して申告手続をなす旨の依頼をした以上、岸和田からの前記謝礼の支払を求める指示には従わざるをえなかったものである。

(4)の昭和五九年の確定申告については、昭和五八年度の申告で知った不正手段を利用したものであって、この事実より昭和五八年度の犯意、共謀の事実が、当然に推認できるものではない。

3 このように、原判決は結果として昭和五八年度に不正申告がなされたという事実に立脚し、犯行後の事実を合目的に評価し、右結果に結び付けようとしたものである。

四、被告人桝茂光の自由診療収入の一部除外についての犯意(昭和五八年度、五九年度)

1 被告人桝茂光について、原判決は、昭和五八年度、昭和五九年度の確定申告についても、「被告人桝茂光は、被告人桝美智子に医院の経理を担当させるにあたり、所得税を免れるため自由診療収入の一部を除外する等して過少申告するよう指示した」と認定されている。

2 しかし、自由診療収入の一部除外について、右の事実にそう証拠は、被告人らの大蔵事務官に対する質問てん末書のみである。

右の点に関する被告人桝茂光の検察官に対する供述調書では、被告人桝茂光は知らず、ひとり被告人桝美智子の行為であったと認定される調書となっている。

原判決は、検面調書の信用性を否定しているが、前述したとおり、検察官は、大蔵事務官作成の質問てん末書をもとにさらに捜査をつくしているものであって、検察官のもとで慎重に捜査した結果作成された供述調書の信用性が否定されるのは、原判決において証拠の評価を誤ったものであるといわざるをえない。

大蔵事務官の事情聴取では、申告義務者本人としての被告人桝茂光に全ての責任を集中させようとする考慮が働くのは自然のことであり、検察官の段階で始めて無理な捜査結果が是正されたのである。

五、岸和田惟明の証言、玉置韶作の証言、笠原正継の供述調書の信用性について、

1 昭和五八年度の確定申告について、「全国同和対策促進協議会に対する地域対策費の架空計上」という手段をとった、いわば主犯格ともいえる岸和田惟明、玉置韶作、笠原正継の三名は、誠に奇妙なことに共犯として起訴されていないばかりか、被疑者としての取調べも受けていないのである。

この事実は、きわめて重要なことであり、岸和田惟明及び玉置韶作の証言に影響を及ぼし、また、笠原正継の供述調書を具体性のないものとしている。

2 被告人桝茂光に、笠原正継及び玉置韶作を紹介したのは、岸和田惟明である。

岸和田惟明の証言にも明白なとおり、同人はかねてから脱税の常習者であり、玉置税理士に依頼するに至った理由も、かつて依頼していた税理士が、二重帳簿があることを税務署に言ったことが原因であり、既に、笠原正継及び玉置韶作と共謀して「全国同和対策促進協議会に対する地域対策費の架空計上」という手段をもって、脱税をしていたものである。

3 岸和田惟明及び玉置韶作は、いずれも、本件昭和五八年度の脱税について、計画、実行した主犯であるが、巧妙に(岸和田惟明はいち早く国税局の調査を察知し修正申告をしている)、或は幸運にも被疑者としての捜査を受けていない立場にあり、同人らはその証言において自らの罪を、しかも、主犯各としての罪を認め難い立場にあったのであり、事実を正確に証言することは到底期待できない者達である。

4 岸和田惟明の証言は、事実関係、特に笠原を紹介した日時については記憶違いをする筈のものではないのに、これらの事実(日時、会合)を前後させ、あたかも本件申告以前から被告人両名と笠原正継及び玉置韶作は面識があったように偽証するなどしており、第一審及び原審が認定する「多少の記憶違いがある」といった程度のものではなく、証言全体が自己の罪を免れ、或は自己の役割を過少化し、被告人桝茂光に罪を着せる方向での証言に終始しているのである。

5 玉置韶作の証言にしても、第一審判決は、「全般的に自己の罪責を軽からしめんとする態度に終始していていささか不自然である」と認定されながら、結局都合の良い証言部分については採用されている。

しかしながら、玉置韶作は、二一年間も税務署に勤務していた者であり、不正申告を発見し、摘発する立場にあった者であり、本件昭和五八年度の申告が不正申告である事実をもっともよく理解している者である。

玉置韶作が指定した報酬金五〇万円の送金先である預金口座は、その入出金状況から見て、二ケ月間で二度の入金があるだけであり、通常頻繁に利用される口座とは考えられず、いわゆる裏金を管理する口座の疑いが濃厚であるし、彼のなした作業に比べ極めて高額な報酬であることを考えれば、不正申告の認識が顕著である。

かかる、主犯的役割を担っていた玉置韶作に、真実の証言を期待することは不可能である。

6 笠原正継の供述調書

本件において共謀の立証をされるうえで重要な役割を有している笠原正継についての証拠は、同人の検察官に対する供述調書(謄本)のみであるが、右調書における笠原の供述は「岸和田さんから今度も同じ方法で桝歯科の所得税の申告も引受けてくれと頼まれたのがきっかけである」というものであって、三月八日の会話については一切具体的に語られていないのであり、具体性がなく、共謀共同正犯を認定する証拠とはなりえないものである。

7 憲法三八条第三項に共犯者の供述は含まないとの判例の立場にたって検討するとしても、本件のごとき、共犯者が罪にも問われていず、さりとて時効にもなっていない段階での、明らかに「自己の罪を免れるため、或は軽減するため」なされた証言は、他に重要な補強証拠がない以上信用性はなく、これらの証言、供述のみをもって有罪の資料とすることは、憲法三八条第三項の精神にもとるといわざるを得ない。

六、よって、原判決がなした事実認定は、著しい事実誤認であり、破棄されなければ正義に反するものである。

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